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仙台地方裁判所 昭和47年(ワ)154号 判決 1974年6月24日

原告

庄子音松

被告

菅野治

主文

被告は原告に対し金一五二万〇、二八九円およびこれに対する昭和四六年一〇月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金一、五一二万二、三七三円およびこれに対する昭和四六年九月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  昭和四六年九月三〇日午前一〇時三〇分ごろ福島市上町六番地先交差点付近路上において被告が保有し運転する自動車と原告の運転する自動車とが衝突した。

右事故は原告車が交差点の手前で停止信号に従い停止したところ、後続の被告車を運転していた被告が運転台に置いていた眼鏡を落したためこれを拾おうとして右手をのばし身体をまげた際クラツチペダルを踏んでいた足をはずしアクセルを踏んだため車両は停止することなくそのまま進行した過失により自車前部を原告車の後部バンバーのクツシヨンゴムに追突させたものである。

2  この事故により原告は次の損害を受けた。

(一) 治療費 金四六万八、三七三円

原告は本件事故により頸椎捻挫の傷害を受け、昭和四六年一〇月二日から同年一一月一二日まで伊藤外科病院における治療費金二一万四、八八四円、同年一一月一三日から昭和四八年一月一八日まで東北労災病院における治療費二三万四、六八九円、昭和四六年一一月一三日から昭和四八年九月二七日まで宮城県立盲学校における治療費一万八、八〇〇円の合計金

(二) 休業補償費 金七一二万五、〇〇〇円

原告は本件事故当時訴外渡幸株式会社と専属運送契約を結び同会社から毎月平均三三万五、〇〇〇円の支払を受けていた。

一方、原告は毎月自動車燃料代同修理代として五万円、自動車購入代三万円計八万円の経費を要していたからその純益は毎月平均二八万五、〇〇〇円である。

原告は本件事故により昭和四六年一〇月から昭和四八年一〇月までまつたく稼働できずその間において失なつた利益は七一二万五、〇〇〇円である。

(三) 逸失利益金五六〇万四、〇〇〇円

原告は今後少なくとも一年間は治療を要し、その間就業できない。さらに原告は現在一二級の後遺症があり一四パーセントの労働能力を失なつている。

原告は大正三年一〇月生れであり、昭和四六年簡易生命表によれば五八歳の男子平均余命は一八・〇八年であるから、今後六五歳まで就労可能というべきであり、その逸失利益をホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除すると、

(1) 今後一年間

285,000×12×0.95=3,249,000円

(2) その後六年間

285×12×(5.87-0.95)×14/100=2,355,000円

であり合計五六〇万四、〇〇〇円となる。

(四) 慰謝料金二〇〇万円

原告は本件事故により頸椎捻挫の傷害を受け、事故後直ちに福島市内大原総合病院で治療を受け、同年一〇月二日から同年一一月一二日まで四二日間仙台市内伊藤外科病院に入院し、同月一三日から東北労災病院、宮城県立盲学校、八幡整形外科医院に通院して治療を受けているが現在も治ゆしないものであり、後遺症一二級一二号により仕事はもとより日常生活にも支障を来たしているのでこれに対する慰謝料として金二〇〇万円が相当である。

(五) 原告はこれまで被告から金五万五、〇〇〇円、自賠保険から金一〇二万円の支払を受けたのでこれを控除すると原告の損害は金一、四一二万二、三七三円となる。

(六) 弁護士費用金一〇〇万円

被告は金五万五、〇〇〇円を支払つたのみでその余の支払をしないので原告代理人に本訴を委任した。

原告代理人は仙台弁護士会所属弁護士であるが同会が昭和四四年二月に定めた報酬規則によれば目的物の価額が一〇〇〇万円を超える場合の手数料および謝金はいずれも目的物価額の一〇〇分の五以上一〇〇分の一〇以下であるから、双方で一〇〇分の一〇以上一〇〇分の二〇以下で額を決定できることになつているが、控え目に見積り金一〇〇万円が相当である。

3  よつて被告に対し右損害合計金一、五一二万二、三七三円およびこれに対する昭和四六年九月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実中、原告主張の日時、場所において原告運転の自動車の後部バンバーのクツシヨンゴムに被告運転の自動車の前部が極く軽く当つたこと、その直前被告が眼鏡を落とし拾おうとした際にクラツチを踏んでいた足を軽く浮かせたことは認めその余の事実は否認する。

2  同2項の事実中被告が原告に金五万五、〇〇〇円を支払つたことは認め、その余は争う。

前記のように被告の自動車は原告の自動車の後部バンバーのクツシヨンゴムに極く軽く当つたのであつて、これによつて双方の自動車に何らの損傷も生じなかつたし、原告の身体にも何らの損傷も生じなかつたため、その直後に原、被告両名が福島警察署に出頭して申告したにもかかわらず直ちに事件として立件しない旨を告げられ両名とも帰された。

原告は昭和二〇年ごろ戦車に乗車中事故にあつたばかりでなく、昭和四五年七月にも自動車に乗車中事故にあつたものであり、本件以前にすでに変形性頸椎症となつていたものである。

3  同3項は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  昭和四六年九月三〇日午前一〇時三〇分ごろ福島市上町六番地先交差点付近路上において、被告が自車の前部を原告の運転する自動車の後部バンバーのクツシヨンゴム部分に接触させたことについては当事者間に争いがない。

二  〔証拠略〕によれば次の事実が認められ、証人八島隆の証言、原告本人尋問の結果(第一回)中右認定に反する部分はその余の右各証拠に照らして措信し難く、他に右認定をくつがえすにたりる証拠はない。

1  被告は、前記日時ごろ普通乗用車を運転して前記場所付近にさしかかり、先行する原告運転の普通乗用車が交差点の手前で停止信号に従い停止したのを認め、その後方約一メートルのところに停止したが、その際運転台に置いていた眼鏡が落ちたため、これを拾おうとして身体を曲げたところ、ブレーキペダルとクラツチペダルを踏んでいた足を不用意に浮かせた過失により自車を前進させ原告運転の後部バンパークツシヨンゴムの部分に自車前部バンパーの部分を追突させた。

2  右追突の結果、双方の自動車には何らの損傷がなく、原告の乗用車の助手席および後部座席に同乗していた四人の者も何らの傷害を負わず、原告も事故直後福島警察署に申告した際は何らの傷害を受けていない旨述べ、右警察署警察官も右双方の自動車の状況や申告等からしていわゆる事故扱いにはしなかつたものであつて、右追突の衝撃は軽少であつた。

三  〔証拠略〕によれば次の事実が認められる。

原告は前記のとおり福島警察署に本件事故の申告を済ませた直後ごろから頸部に異常を感じ、福島市内の大原総合病院で診察を受けたところ、頸部挫傷、変形性頸椎症バルソニー氏病の傷病で約三週間の経過観察の要ありと診断され、なお老人性変化を見られるので比較的治ゆがのびると推定されている。そして同病院で頸部に湿布し、その上に包帯を巻いてもらい東山温泉に前記自動車を運転して行き一泊し、翌日会津若松市内の病院で診察を受けた後自動車を運転して仙台に帰つた。そして、翌一〇月二日仙台市内の伊藤外科病院で診察を受けた結果、レントゲン検査によれば既往症である変形性頸椎症による病変は認められたが、頸椎捻挫については異常は認められなかつたのであるが、本人の自覚症状等により頸椎捻挫の診断を受け、同日から同年一一月一二日まで四二日間入院した。その後同月一三日から昭和四七年一〇月二二日ごろまで東北労災病院に外症性頸椎症および変形性頸椎症の病名で通院し、同月二三日から同月三一日まで九日間入院し、退院後昭和四八年一月一八日まで再び同病院に通院し、同日同病院において症状固定の判定を受け、後遺症として局部に頑固な神経症状を残したもの(第一二級一二号)に該当するとの診断を受けた。

その後八幡整形外科医院に通院しているが、頸椎症、頭部自律神経不安定症、変形性せきずいと診断されている。

四  前記二で認定したように本件追突事故による衝撃が軽少であつたことおよび前記三認定のような原告のその後の疾病の経過に〔証拠略〕を総合すれば、原告は本件事故前から潜在的又は顕在的な既往症として変形性頸椎症を有し、これが本件事故により顕在化又は増悪化したものと認められ、それに本件事故による直接の傷害としての頸椎捻挫が合併したものであるが、頸椎捻挫についても変形性頸椎症があるため通常人に比較してその症状が重く発現したものであることが認められるが、このように傷害が被害者自身の既往症の顕在化又は増悪化をも伴ない、又既往症により傷害の重篤化が認められる場合、傷害による損害の全部を事故による損害とすべきではなく、傷害に対する双方の寄与度を比較較量して事故の寄与している限度において相当因果関係が存するものとして加害者に賠償責任を負担させるのが公平の観念に照らして相当である。

そして、前示の事実や証拠に照らすと本件においては全損害のうち四割の程度において本件事故と相当因果関係を肯定するのが相当である。

五  損害

1  治療費

〔証拠略〕によれば、原告は本件傷害の治療費として金四六万八、三七三円を要したことが認められる。

2  休業補償費

〔証拠略〕によれば、原告は本件事故当時貨物自動車を所有して運送業を営み、訴外渡幸株式会社と専属的に運送契約を結び、昭和四六年一月から同年九月までの間同会社から一カ月平均三一万〇、四二四円の請負代金を得ていたこと(但し同年六月ないし八月は目の治療等のため休業したので計算の基礎から除外する)、一方原告は毎月自動車燃料代、修理代として八万円、自動車購入代金の割賦金として三万円計一一万円を支出していたこと、従つて原告の当時の純益は一カ月平均二〇万〇、四二四円であつたことが認められる。

また〔証拠略〕によれば、原告は本件傷害により昭和四六年一〇月から昭和四八年一月まで稼働できなかつたことが認められる。

以上の事実によれば原告は三二〇万六、七八四円の休業による損害を受けたものというべきである。

3  逸失利益

前記三認定のとおり原告は昭和四八年一月症状固定の診断を受け後遺症として局部に頑固な神経症状を残したものとして第一二級に該当する障害を残すとの判定を受けている。

そうすると原告は一四パーセントの労働能力を喪失したものというべく、また右後遺症がいわゆるむちうち症のそれであることからして右喪失期間は爾後五年間と認めるのが相当である。

以上により原告の後遺症による逸失利益をホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると一四六万八、〇六六円となる。

200,424×14/100×4.36=1,468,066

4  慰謝料

前記三認定の傷害の程度および後遺症の部位程度からして原告の肉体的精神的苦痛に対する慰謝料として金一〇〇万円が相当である。

5  ところで前記四認定のとおり本件においては全損害のうち四割の程度において本件事故と相当因果関係を肯定するのを相当とするから、前記1ないし4の合計金六一四万三、二二三円の四割に当る金二四五万七、二八九円が本件事故による損害と認められる。

6  被告が原告に対し金五万五、〇〇〇円を支払つたことについては当事者間に争いがなく、また自賠責保険から金一〇二万円の支払を受けたことについては原告の自陳するところであるからこれを前記損害額から差引くと残額は金一三八万二、二八九円となる。

7  原告が本件訴訟の提起、遂行を原告代理人弁護士に委任したことは記録上明らかであり、これにより原告の支払うべき弁護士費用のうち金一三万八、〇〇〇円は本件事故と相当因果関係ある損害として被告において負担すべきものである。

六  以上の次第で、原告の本訴請求は被告に対し計金一五二万〇、二八九円およびこれに対する昭和四六年一〇月一日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却するべく、民事訴訟法九二条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 後藤一男)

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